統計で考える働き方の未来 ――高齢者が働き続ける国へ
統計で未来の働き方を予測する
第1章 超高齢社会のいま
働き続けることを良しとする世の中の風潮は近年急速に強まっています。政府も、歳をとっても働くことは素晴らしいことだから、そのための環境づくりを進めるとしています。政府が高齢者の就労にここまで前のめりになっている背景には、日本の経済や財政の低迷と生産者の比率が減少していく高齢化時代の到来があります。将来に向けて私たちの生活をより豊かにしようと思えば、高齢者の力を借りなければならないのです。
第2章 賃金は増えていないのか
精彩を欠く日本経済と伸び悩む賃金が、日本人が描く未来の生活像に暗い影を落としています。しかし、労働時間の縮減が進んでいること、女性や高齢者の就労が拡大していることなど、平均賃金上昇に不利な要素がたくさんあります。そのように考えると、賃金が上がらないという主張は、すべての人に当てはまるわけではないという可能性も浮かび上がってきます。
第3章 格差は広がっているのか
格差はいつの時代も国家の中心的な議題として存在しています。現代日本の格差の象徴とも言えるのは非正規雇用です。格差の改善が進んできている現代においても、正規雇用を選ぶべきなのに非正規雇用になってしまうことがあります。この重大な社会課題を改善させなければ、健全な日本社会を取り戻すことはできないでしょう。格差解消のために、職業能力をいかにして開発するか、働き方改革を進めていく必要があります。
第4章 生活は豊かになっているのか
少しずつとはいえ経済は成長しています。それでもなお、多くの人は生活が豊にならないと感じています。この要因には、一人当たりの実質消費が上がっていないこと、物価上昇、消費税増税などが考えられます。今後は少子高齢化に伴う税・社会保障の負担が大きくなることから、老後資金の確保はますます難しくなっていきます。女性や退職したばかりの高齢者などの国民総出で働くことのできない高齢者を支える構図ができていくでしょう。
第5章 年金はもつのか
現役世代が支払う社会保険料は増加を続けています。その一方で、「私たちは将来、年金を受け取ることができるのだろうか」という不安を抱えています。このような状況になったのは、甘い経済見通しのもと立てられた100年安心年金保険の計画です。この計画によって、現役時代の貯蓄額を増やしていかなければならない、高齢期に働かなくてはならないという現状が生まれてしまったのです。
第6章 自由に働ける日は来るのか
日本の労働法令を見てみると、その多くで労働者保護のための厳格な規定が盛り込まれており、これに反すれば使用者は刑事罰に問われる重い責任を負っています。この厳しい法体系の中でも、多くの人は当たり前のように違法労働に従事させられてきました。しかし、有名企業の過労死事件などが相次いで起こったことで、このような雇用慣例に変化が訪れました。多くの企業が働きかた改革を進め、労働時間の縮減や有給休暇取得率が向上しつつあります。
第7章 職はなくなるのか
技術の進展によって、多くの職がなくなるのではないかと言われてきています。実際、イノベーションによって需要が減少している職種は確かにあります。また、既存の職種でも、科学技術が日進月歩で進歩しているなかでは日々必要な知識が変化していきます。若い人でさえ仕事があるかわからないと言われている将来、歳を取ったときに職を得ることなどできるのでしょうか。
第8章 生涯働き続けねばならないのか
将来の日本が今後も豊かな生活を続けるのだとしたら、財政問題や世代間の生産と消費の不均衡という構造的な問題の解決が必要となります。そして、これらの問題を解決する方法が生涯現役社会の実現です。現代は、誰に言われるでもなく、長く働かざるを得ない世の中に移行しています。現座の高齢者が送っているような悠々自適な老後を、未来の高齢者が送ることはもはやないのです。
統計で考える働き方の未来――高齢者が働き続ける国へ
坂本貴志
統計で考える働き方の未来――高齢者が働き続ける国へ
目次
はじめに――私たちはいつまで働くのか。
第1章
超高齢社会のいま
生涯現役の欺瞞
高齢者は高い就業意欲を持つのか/生活のために働く現実/本当は今すぐにでもやめたい
高齢者就労への政府の期待
低成長と高齢化の進行/支えられる側から支える側へ/年金制度が定年年齢を決めている/霞が関の本音と建て前/私たちはいつまで働かなければならないのか
第2章
賃金は増えていないのか
平均賃金の嘘
賃金が増えない謎/賃上げに腐心した日本政治/統計が賃金が増えない錯覚をもたらした
賃金構造の大変動!
賃金上昇の果実を得た女性/中堅男性の比較優位が消失/高齢社員が中堅男性の役職を奪った
賃金のゆくえ
価値を生み出す源泉が多様化/平均賃金は減少し、賃金の総額は増加/企業組織の高齢化と経験の喪失
第3章
格差は広がっているのか
格差の象徴としての非正規雇用
格差と非正規雇用/多くの人が希望して非正規に/格差縮小の時代へ2定着した生涯未婚
引き継がれた3つの社会課題/500万人の未婚非正規/現場労働への安住
非正規雇用の光と影
非正規の待遇改善は続く/現場労働を誰が担うのか/急増する単身高齢者と生活保護
第4章
生活は豊かになっているのか
デフレ脱却の功罪
名目成長率と実質成長率が逆転/金融緩和による円安が物価上昇を主導/物価上昇が日本の生活水準を切り下げている/消費増税が実質消費を落ち込ませた2実感なき景気回復
直接税・社会保険料の増加が可処分所得を抑制/資産価格の高騰で資産形成が困難に/退職金の急減が老後の資金不足を招く
少子高齢化と将来の家計
老後資金の確保はますます難しくなる/国民総出で高齢者への仕送りを賄う構図に
第5章
年金はもつのか
危機の年金財政、2010年代に実質年金受給額が大きく減少/100年安心年金保険の虚構/名目下限制度の欠陥/月額3万円の減少がメインシナリオ2高齢者の家計簿年金の減少が高齢者を働きに出させた/乗り越えるべきは5歳まで/高齢者こそ経済事情が生活の豊かさを決める/高水準の消費を前提にすれば2000万円では足りない/働き続けねば生計はもたない
老後の未来
受給額の引き下げか支給開始年齢の引き上げか/年金のゆくえがいつまで働くかを決める/繰り下げ受給を自ら選択して働くことに
第6章
自由に働ける日はくるのか
働き方改革の効果
法と実態が乖離した日本の労働慣行/働き方改革関連法で潮目が変わった/働き方改革の効果は表れ始めている。
新しい働き方の萌芽&テレワークは広まるも、課題が多い/取って代わられた非雇用の働き方/高齢フリーランスが活路に
生涯現役に向けた布石働き方改革を掲げた政権の妙/高齢者就労への一里塚
職はなくなるのか
第7章
職はなくなるのか
高齢期キャリアの実相
事務職や専門職から現場労働へ/企業組織に高齢者を組み込むのか/専門性があればいいわけではない
産業の変化と職業の盛衰
生産工程従事者などで代替が進む/需要が減るのではなく供給が足りなくなる/急速な仕事の代替など起こらない3高齢社会における仕事の割当現場労働は高齢者が担うしかない/都合よく外国人を利用できるか/無理なく役に立つ
第8章
生涯働き続けねばならないのか
失われる黄金の6年
生産と消費の不均衡/生涯現役という魔法の杖/職業人生の長期化を織り込み始めている。「悠々自適な老後」という見果てぬ夢
働く高齢者の実際
現役時代のスキルを中小企業で活かす/個人事業主として成功/仕事と孫の世話、趣味に追われる/和気あいあいとしたマンション清掃/気の赴くままに興味ある仕事を
私たちの老後に待っているもの
できる仕事をすればいい/高齢期の仕事を受容するまで/職業人生の下り坂を味わいながら下る/細く長く、そして納得して引退を
高齢者雇用はどうあるべきか
再雇用は主流足りえない/男女雇用機会均等法制定時のトラウマ/労働市場の二重構造を作り出す
おわりに――仕送りシナリオか就業延長シナリオか
主な参考文献
はじめに――私たちはいつまで働くのか
いつまでも働ける社会。人々はこの言葉にどういう印象をもつだろう。生涯現役、人づくり革命、人生100年時代、一億総活躍時代。就業延長に関わるキーワードが、ここ数年で政府やメディアから次々と発信されている。歳をとってまで働き続けることを礼賛する日本政府。高齢になっても自己研鑽を続け、社会で活躍することを理想とする世の中の風潮。昨今、高齢者が働くことがさも当然かのように語られているのである。
たしかに、働くことがいきがいだという人もいる。働くことを通じて様々な経験をし、その過程で喜びを感じる経験をしたことは誰しもあると思う。しかし、はたして、日本に住むすべての人が働くことに対してこのような肯定的な感情を有しているとでもいうのであろうか。働かなくても豊かな生活ができるのであれば働きたくない。そう思う人は幾ばくもいないのだろうか。経済学者の橘木俊詔氏によれば、古代ギリシャにおいて、労働とは奴隷のなすべきものであった。ところが、中世、近代と時代を重ねるにつれ、本来は苦痛である労働に喜びを感じるよう価値観が変容していく。我が国においても、儒教による影響のもと、勤勉と例約を尊しとする価値観が浸透する。しかし、為政者の側からすれば、庶民に対してこういった価値観を持つように諭す期待も同時にあったのだという(橋本2010)。「私たちは労働に対してどのような価値観を有するべきなのか。
労働とは元来から苦役なのか、それともそこから喜びを見いだすべきものなのか。その答えは小生には到底わからない。こうした葛藤は、現代の人々にも通底するものとしてあるのではないだろうか。
他方、人々の崇高な価値観はともかくとして、現代日本を見渡せば少子高齢化の波は待ったなしで押し寄せてきている。少子高齢化が進む間、日本経済の成長率は鈍化し、日本財政は危機的な状況に陥ってしまった。「私たちがいつまで働くかという問題は、一義的には個人の意思によって決められるべき問題である。しかし、現代の社会構造を鑑みたとき、その選択が完全に個人に委ねられているのだと考えるとすれば、それはあまりにもナイーブな考えだと言わざるをえない日ド社、構造、さんが、人との引退年齢に陰に陽に影響を及ばしているのである。小心が通い日において、私たちはいつまで働かねばならないのか、未来の日本社会においては、定年後に悠々自適な老後を楽しむという理想はもはや過去の幻想となっているのだろうか。この不確実性こそが、多くの人にとっての将来不安の中核的な要素となっているのだ。
実際に引退年齢を決めるメカニズムは複雑である。日本の経済や財政の状況、それに伴って年金のゆくえがどうなるか、賃金や物価、貯蓄、働き方、職などあらゆる経済的な要素が引退年齢に影響を与える。これらの経済変数が、いつまで働くかという選択を左右することとなるのだ。
だとすれば、超高齢社会の日本における老後がどのようなものになるか、その未来を正確に予測することは至難の業ともいえる。
しかし、日本社会における高齢化は今まさに進んでいるのである。高齢化率は1980年の9.1%から2000年には7.4%、2020年には9・1%にまで上昇してしまった。そして、2040年にはそれは3.3%まで上昇すると予想されている。高齢化は今も進行している。私たちの未来は、まさに現在の延長線上にあるのだ。
そう考えると、私たちがするべきことは起こりえない出来事に悲観することでも、未来の楽観論を構築することでもない。私たちが必要なことは、超高齢社会に入った日本でいま何が起こっているのかを正確に理解することであろう。正しい現状認識に立脚すれば、その延長線上に何が起きるのかはおおよそ想像ができるはずだ。そこに広がっている世界は、決して突飛なものではない。
本書では、日本の労働の未来を、現在の延長線上で語ることを試みた。そして、本書の最も大きな特徴は、その前提のもと、日本の現在と未来を正確に理解するために、可能な限り多くの統計を利用しているというところにある。「我が国の代表的な統計を網羅的に活用することで、日本を取り巻く現状を分析し、最も現実的な将来像を浮かび上がらせる。それを心掛けたつもりである。もちろん、統計が扱うことができる時制は過去及び現在にとどまる。しかし、過去から現在に至るまでの趨勢を正確に理解することが、未来の正確な理解につながるのだと私は考えている。-少子高齢化がくびきとなっている日本において、私たちの社会はどこへ向かおうとしているのか。私たちはいったいいつまで働けばよいのか。超高齢化時代の日本社会の実相を、豊富な統計分析によって解き明かしていくこととしよう。
*本書の図表におけるデータは端数処理を行っていることから、それぞれの数値の総和が100%にならないなど、一部不整合になっているところがある。
第1章 超高齢社会のいま
使用する統計:内閣府「国民経済計算」など